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能野焼 私の好きなもの0の一つに能野(よきの)焼のつぼがある。今はもう亡くなった先輩にすすめられて、四十年ほど前、鹿児島市の古物屋から買い集めてきたうちの一つである。とっくに廃窯となった種子島の能野でつくられたもので、店の人の話では、お墓の花立てに使われていたのではないかということだった。 土に埋められていたのか、高さ二十a足らず、底の直径十a、とっくり型の下四分の一ほどが黄色く変色している。全体が黒ずんだ灰色で、どういうわけか、きらびやかな花をきらう。散歩の道すがら手折ってきた野生のヤブツバキやノアザミ、ススキ、サカキなどを投げ入れると、落ち着くから不思議だ。 ところが、後輩の中に悪いのがいて、このつぼを盗まれかかったことがある。わけを訊くと、これで酒をあたためて飲みたいのだという。うーん、それもまたいいな、と思った。が、敵もさるもの。その後しばらくして、どううまく乗せられたのか、酔って、つぼをかたに禁煙の賭けをしてしまった。数日ともたず禁をやぶった。とても手放す気にはなれない。苦しまぎれに、死んだら形見にやるということで、なんとか勘弁してもらった。 そのことを聞いたのか、もう一人の後輩が、能野がほしいといいだした。あまり熱心なので、つい酔いにまかせて、欲しくばやろうといってしまった。 が、手元には一つしかない。カミさんは、酔えば調子がいいんだからとおかんむりだ。 さて、どうしたものか。あの時、方々に配ったうちの一つをなんとか買いもどせないか。それも、今となってはかなうまい。かといって、壊してしまうなんてとんでもない。 どうせ身からでたサビ。死んだ後のことまで悔やんでも仕方あるまい。骨つぼの前で、二人仲良くこのつぼで呑んでくれ。飲めばそのうちかたがつくだろう。そのころ、こっちはエンマ様の前に舌を差しだせば、すむ――。 と、開き直った気でいたのだが。あれから三十年。人世とはわからない。後輩の一人は、定年後、美術評論家として活躍したが、肝臓をやられ、先に逝ってしまった。 朝夕、仏壇に手を合わせながら、未練がましく、花立てに祈る。どうか、残った一人が早くよこせといいださないように……と。 |
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