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ガシ、ガシ・蛞蝓庵通信
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たにしどの
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2010/04/14 11:59
妻の父のこと
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2010/04/14 11:50
干柿の顔
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2010/04/14 11:42
「なずな」と私B
  「なずな」と私 ➂ ...続きを見る

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2010/04/14 11:36
「なずな」と私A
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2010/04/14 11:33
「なずな」と私
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2010/04/14 11:29
ミニ
 三十年前のコラムである。 ――なんでもミニのほうがいい。スカートに限らず、そう信じて暮らしてきた。  もちろん、先立つものが不如意だったせいではあるが、それでいて、あまり不都合は感じなかった。洗濯機、冷蔵庫、テレビすべてそうだった。何事によらず、小さく小さく、それに次から次へと転勤暮らし、どこも住宅難で、一度は窓もはめこんでなく、壁塗りもすんでいない部屋に、無理をいって入りこんだこともある。たいていは民家の一室か、アパート、木造の市営住宅であった。やっと運よくクジに当たり、鉄筋の県営住宅に... ...続きを見る

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2009/07/13 10:41
爨夫記
 料理をはじめて六年になる。〇三年七月、カミさんが狭心症の手術をした折、娘から一冊の本を渡された。『コレステロール・中性脂肪を下げるレシピ』。これを参考に、退院後の食事を作れというのである。もともとうまいものには目がない。それに、料理下手のカミさんには以前から不満たらたらだった。いい機会だと、お爨(さん)どんならぬ、爨夫として立つことにしたのである。  以来、新聞の「食卓の一品」やテレビの「きょうの料理」などが気になるようになり、『食の冷凍・解凍保存事典」『精進百撰』などの本を求め、せっせと挑... ...続きを見る

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2009/07/13 10:32
はじ
 「二年たったら、必ず……」。どうせ支局長の空約束、と覚悟して枕崎通信部に赴任したのだが、そのとおり一九六二年の二月、小倉支局へ異動になった。  家族を枕崎に残したまま赴任したとたん、大分県別府市で派出所の警官が行方不明になった後藤巡査事件≠ェ起こった。応援に派遣された。約一カ月、なれない事件取材に追い回された。もともと事件取材は苦手である。それが見抜かれたのか、支局での担当は、司法関係ということになった。  しかし、警察から送致された被疑者を取り調べ、起訴、不起訴をきめる検事の口は堅い。... ...続きを見る

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2009/06/10 15:59
草津節
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2009/04/25 10:26
へっぴり腰
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なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/04/25 10:01
新聞紙
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2009/04/25 09:48
凧の糸
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2009/04/25 09:45
昭和も遠く……
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2009/04/25 09:36
長雨
 どうも離島取材は験がいい。あのときもそうだった。まだ、駈け出しに毛の生えたようなころ、K市から南へ約百`、トカラ列島の硫黄島に硫黄採取の取材に行った。本社のカメラマンKさんが一緒だった。  島には三日にいっぺん村営の定期船が立ち寄る。行きは凪。果てしなく広がる紺青の海、沸き立つように海面を走るトビウオの群れを飽かずながめながら、久しぶりの解放感にひたった。着いたのは夕刻近く。鉱山の宿泊所、といっても普通の民家だが、そこに案内され、所長以下幹部が顔をそろえて早速、歓迎の宴を開いてくれた。  ... ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/03/04 18:03
遭難?
 「おい、A社が顔写真をとりに来たりして大騒ぎだったんだぞ」  鼻歌まじりにK支局に連絡の電話をいれたら、出てきたO支局長にいきなりどやされた。「エッ」といったものの、なんのことやらわからない。「バカ、死なしたかと思って心配したぞ」  尖閣列島の調査には及びもつかないが、M通信部の受け持ち範囲内にある宇治群島に地元の町が調査団を派遣したことがある。無人島の開発の可能性を探るためだった。滅多に出張などできない一人勤務だが、支局長の許可を得て同行した。N港から南西約八十`、二泊三日の予定である。... ...続きを見る

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2009/03/04 17:59
天と地と
 近年、台風らしい台風にあわないが、「台風発生」ときくと、決まってあの枕崎港の防波堤を思い出す。  死者行方不明三、七五六人を出した枕崎台風(昭和二十年)一四四人の12号台風(同二十九年)などの上陸地として知られる枕崎市は、当時台風銀座≠フ異名がついていた。今と違って、米軍占領下の沖縄には支局が開設されていなかった。いわば、枕崎が台風取材の最前線≠ナある。だから、通信部に赴任するとき、くどいほど支局長にいい含められたものだ。  「いいか、お前をやるのは台風のためだ。後は遊んでていい。が、... ...続きを見る

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2009/02/15 21:45
目は赤目
 「目には青葉 山ほととぎす初がつお」――五月になると、山口素堂の有名な句とともに、五十年前のあの日のことがよみがえる。  枕崎市はカツオ漁業の基地。最近でこそ、魚価の低迷、燃料油の高騰による休漁など苦境に立たされているが、あのころはシーズン到来と町中が活況を呈していた。  「カツオがうまかろう。自分だけ楽しまんで、たまにはこっちにもまわせよ」  支局の先輩記者の冗談を真に受けたのがいけなかった。  早速、土曜日の朝、漁協に頼んで、飛び切り生きのいいのを一本仕込み、昼前、通信部を出発した... ...続きを見る

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2009/02/15 21:39
ポンコツ
 「またやったですな」  朝の事件警戒にM署を回ると、交通課長が大きな声で私をにらむ。「上りきらんとですよ」。署員の手前、ごまかしてはみたがネタは割れている。  M通信部に帰るには、小さな坂を上がって、左に直角にハンドルを切らねばならない。右に曲がるとすぐが課長の家である。坂道の左側に幅二十aたらずの側溝があり、ふたがない。思いきりエンジンをふかして曲がりしな溝を乗り越えるのだが、手元が狂うとタイヤが溝にはまり、エンストとなる。夜、一ぱいきげんで帰ると、決まってしくじった。朝の出がけに課長の... ...続きを見る

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2009/01/09 16:31
ポンコツ
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2009/01/09 16:19

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